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名古屋古流凧の再現 (日本の凧の会東海 顧問 佐藤昌明)

 

タコの中でも古流ダコは寛永年間(約三百五十年前)から作られ、大人の

遊びとして発達したもので、武家の隠居などが囲碁、俳諧(はいかい)などの間

の暇な時に、種々の工夫をし、季節に関係なく揚げていたといい伝えられている。

 

 とくに「長ばね」「べ力」「蝉(せみ)」「福助」などは、名古屋特有の伊吹おろし

という強風に耐えるように、青竹に比べ硬い弾力性があり、虫も食わない百年以

上たった煤竹(すすたけ)を使用している。したがって永久保存が可能である。

 

その加工しにくい煤竹をかんなで削り、綿密にハカリにかけてバランスを取り、骨

ができあがる。袖(そで)には金パクを散らす。うなりはタコの重さの三割ぐら

いの物を用いる。

 

 このようなタコは他の地方には見られない伝統的な作品であり、また、図柄も

現代人に通用する斬新(ざんしん)な図案である。なかでも古流ダコの祖先であ

ると書かれているベカダコは、体を振り振り揚がり、風が強くなればなるほど振

り方が早くなる。世界にも類がないタコである。

 

 

その精巧な手細工の魅力にひかれて、私は大正ごろの作と同型の虻(あぶ)ダ

コを見せてもらい作り始めてみた。なかなか揚がらず苦労していた折、タコの本

が手に入り、それを参考にしたり、子どものころに揚げたという老人たちの話を

聞いたりして苦心の末、ついに揚げることに成功した。

 

 自信がついたところで、さらに難しい幻の「蝉べ力」に取りかかった。図面だ

けで実物がないので、自分の経験からくるカンを頼りに、骨の太さ、強弱、親骨

の反りぐあい、糸目の上下の位置を決めていくより方法がなく、半年の問作って

は壊し、壊しては作りの連続だった。

 

 ある風の強い日、名古屋のシンボル金のシヤチの見える大空を左右にゆれなが

ら揚がり始めた。そのゆれに応じて、ぶんぶんと断続的にうなり揚がっていく様

子は、あたかもセミが鳴き、ははたき飛んでいるようである。子どもも大人も、

その音につられて空を見あげてかたずをのむ。この時ほどうれしさで興奮したこ

とはない。幻のタコといわれた蝉べ力が五十年ぶりに大空高く舞い揚がったので

ある。  

       (「名古屋古流凧」1994.4.1発行誌から)

 

福 助     虻デコ       

古流福助とデコ  you tube 動画「hmhmkiteman」提供

   (画像をダブルクッリクすると大きく見られる。)

 

 

 

 

 

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